開発力・製造力・商社力 三つの力でお客様のご要望にお応えいたします

ファイバーラボ株式会社

社長インタビュー|なぜ、大企業から20人の会社へ? ファイバーラボ・後藤社長に聞く

オフィスの玄関でにこやかな後藤社長

新卒以来、大手の企業に務めてきた後藤龍一郎(ごとう・りゅういちろう)社長ですが、なぜファイバーラボに転職したのでしょうか。会社のこと、仕事のことはもちろん、どんな人と働きたいかを聞きました。

光ファイバーの世界で25年

まずは自己紹介をお願いします。

後藤龍一郎です。1974年生まれで、51歳になります。生まれてから大学卒業までは横浜市の郊外で育ちました。就職して福島県に3年、その後転職して千葉県へ、そして3社目のファイバーラボに移ってきて10年目です。今は東京都内から通っています。

大学の研究室で光通信の研究を始めて以来、光関連の仕事に携わってもう25年以上になります。会社は3社変わりましたが、一貫してこの分野一筋です。

そもそも光の道に進んだきっかけは?

早稲田大学(理工学部)の学生だった頃の話なんですが、実は研究室選びの動機はけっこう不純なんです。当時スキーに熱中していて「4年生になる直前の春休みに呼び出しがかかる」と言われている研究室はやめておこうと。その中で、新しく来られる先生の研究室が光関係だった。

ちょうど1997年に大学院に入って、99年に卒業・就職した世代です。インターネットが世界的に急拡大して、通信キャリアのバックボーンが光に置き換わり「光ファイバーが家庭まで来るぞ」という話が聞こえてきた時代でしたね。

私は新しいものに食いつくタイプなので「光通信は純粋な学問というだけじゃなくて、ちゃんと世の中で使われていて産業的にも面白そうだな」と。不純な動機半分、これから何年かやっていくテーマとしても悪くないだろうという判断半分で選び、修士課程まで進学して就職をしました。

1社目はどんな会社だったんですか?

いわゆる、当時の東証一部上場の大企業です。研究所に配属されれば実家の近くの横浜に住めるかな、くらいに思っていたら、修士2年の最後に配属先の連絡が家に届いて「あなたは福島にある関係会社に出向です」と。甘い考えは打ち砕かれました。その会社では3年間、光ディスクに使用する光学素子の生産技術開発に従事しながら、社会人としての基礎を教わりました。

その後、光通信ブームの流れもあって「光ファイバーの会社に転職しよう、関東にも帰りたい」ということで、千葉県の光ファイバー関係の会社に移りました。

2社目では博士号も取られたそうですね。

同じ課に、大学教員から移ってきた博士号を持つ方がいたんです。私たち修士卒は、テーマが与えられると「さあ、それに向かって勉強するぞ」というところから始まる。でもその人は、今まで持っている引き出しの中から「これとこれを組み合わせて」という感覚で仕事をする。引き出しの広さに感銘を受けて「いつかこういう人になりたい」と博士号を取ろうと思うようになりました。

博士課程に通うまでに6年在職し、その後、当時の会社の支援もあって、4年間休職して海外で博士号を取ることができました(豪州シドニー大学)。いろんな引き出しを増やして帰ってきたつもりです。

帰国後は5年間在職しました。管理職になる時期でもあって、光分野の専門性そのものだけでなく「専門性をどう会社の事業に活かすか」、そしてチームリーダの立場になれば人の問題もいろいろある。苦労しながらも、マネジメントには技術者だけでは味わえない、報われる楽しさがあることも経験して、だんだんエンジニアからマネジメントに意識が向かうようになりました。

なぜ、20人の会社へ?

大企業からファイバーラボへ、転職の理由は?

後藤社長が身振り手振りを交えて説明している

大きな企業でのマネジメントって、いろんな政治があったり「本当はこれがいいと思うんだけどな」というものが通らなかったりする。だいぶ悩みました。組織としての最終決定には従わなければいけませんが、あまりに自分の本心を押し殺して仕事をすることが、だんだん負担になってきたんです。

転職を考えていたときにホームページから応募して、創業者(現在は監査役)と話をしたら、なかなか面白そうな会社だなと。ファイバーラボはもともと、KDD研究所(現・KDDI総合研究所)の研究グループがKDDの社内ベンチャー制度で立ち上げた会社で、創業者自身も大きな会社にいながら疑問を感じて起業した人。自分の考えと合うなと思いましたし、技術的にも自分の専門性が役に立ちそうだと分かって、入社を決めました。

他の候補と比べて選んだというより「ここだ」と?

大きな企業への転職もいくつか考えてはいたんですが、しっくりくるところがなくて。大きな企業でやっていくことに疑問を感じながらの転職活動だったので、そのまま別の大企業に移っても結局同じかなと。それなら前の会社にいた方がいい。でも、ここの人たちと話していると、非常にしっくりきたんです。

社員のみなさんも中途入社が多いんですか?

多いですね。20人ほどの会社で、新卒入社は3〜4人。ほとんどが別の会社を経験して入ってきています。動機はいろいろで、世界でもなかなか例のない製品を扱っているので技術的なところに惹かれて大企業から移ってくる人もいれば「近所でいい会社ないかな」と来てみたら待遇も人も勤務条件も悪くない、という人もいます。

社長に立候補

ファイバーラボでは「社長は立候補制」だそうですね。どういう仕組みですか?

5年に1回、社長を決めるタイミングがあります。創業社長が退任するときに「家族への承継はしない」と決めて、こういう形になりました。

立候補者が「自分が社長になったらこういうことをやりたい、だから協力してほしい」というプレゼンテーションを社員に向けて行います。最終的には取締役会で決めますが、社員の投票も行って、参考データとして活用する。実績としては2019年末と2024年末の2回で、どちらも投票の通りの結果になっています。

私は2019年と2024年のタイミングで立候補して、2025年に社長になりました。創業者から数えて三代目になります。

5年ごとに社長が変わると、会社の方向性がガラッと変わったりしませんか?

後藤社長がじっと見つめながら説明している

社長が変わったら事業内容が全く変わるということはありませんが、お金と「人間らしく働く」のようなバランス感覚に変化は現れると思います。このバランスは組織の状況や世の流れにもよるので、社長ひとりの意向で両極端に振れることはないとしても、変化はあるでしょう。ただ、全く考え方が異なる人は、誰が社長であろうと、入社前面談の時点で「この会社は違うな、合わないな」と感じるとも思います。

プレゼン資料は今も見られるんですか?

社内サーバーに置いてあって、社員は誰でも見られます。自分でも見直して「ここはそこそこできてるな」「ここはまだ全然だな」と自己採点して反省したりします。自分がどういう約束をしたか思い出す効果はありますね。

なぜ立候補しようと思ったんですか?

前の会社は待遇としては悪くなくて、そのままいれば金銭的に困ることはなかった。でも違和感があって移ってきた。ここにはその違和感がない。

極端に言うと「待遇はいいけれど徹底的に本心を押し殺さなきゃいけない職場」と「本心は存分に出せるけれど待遇は悪い職場」、そのどちらでもない、自分が「ここがいいな」と思えるバランスを実現したかったんです。よく「年収がある金額を超えると、それ以上増えても幸福度は変わらなくなる」なんて言いますよね。希望の金額はひとそれぞれかもしれませんが、そういう「いいバランス」が自分の中にあった。

この環境を、最初は「もらう立場」で享受していたわけですが、創業者がいなくなったら終わり、ではもったいない。自分が社長でなくなればバランスはまた変わっていくと思いますが、そのとき、そのときにいる人たちが「いいバランス」を見つけられる会社であってほしいと思っています。

社長になって1年半ほど。手応えはいかがですか?

外部要因に左右されるところもありますが、そこそこ進んでいるなというところもあります。私の役割は、短期的に業績を上げることとのバランスは取りつつも、どちらかというと「5年後、自分がこのポジションでなくなったときに残るもの」を作ることだと思っています。具体的には組織力の強化と世代交代が大きな課題で、自分が降りたときに「あとは野となれ山となれ」とならないように、ある程度の目処をつけたい。

「偉ぶらず、媚びず」――同じ人間として誠意ある行動が大事

仕事を進めるうえで心がけていることを教えてください。

これも大企業と中小企業、両方を経験して思うことなんですが、大きな会社にいると、他社や他部署とのやり取りが「立場と立場」になりがちです。でもそういった立場があるなかでも人として気が合って「この人と仕事をしていて面白いな」と思うことがある。そういうのはすごくいい思い出として残っているんです。中小企業に来ると、その要素がさらに大きくなる。

社内外を問わず、大変な場面での最後のひと押しの力って「この人と一緒に仕事すると楽しい」というところから生まれてくることが実際にあると思っています。そのために必要なのは、立場が上だとか下だとかではなく、同じ一人の人間として誠意ある行動をすること。言わなきゃいけないことは言う。でも、発注する側だから何を言ってもいいわけではないし、受注する側だから何を言われても「はい、すみません」と言い続けるだけでもない。

自分が強い立場にあっても、それを乱用しない。それは自分たちでできることですし、そうしていると、きちんと返してくれる人はいる、というのが実感です。

後藤さんの話にはよく「バランス感覚」という言葉が出てきます。コツはあるんですか?

何か一つのパラメータをとにかく最大化するんだ、という仕事は、個人的にあまり向いていないんでしょうね。

一つ思うのは、仕事には必ず相手がいるということです。たとえば相手の会社に要求を伝えるときも、その担当者は自分の上司に承認をもらわなきゃ動けない、といった背景があったりする。そこで相手を詰めすぎると、相手は自分を守ることが目的になって、こちらの要求に構っていられなくなる。

相手に少し余裕を残した上で、自分の要求を伝える。徹底的に詰めると自分も辛いし相手も辛いし、適度に融通し合えばうまくいくものが、うまくいかなくなる。かといって詰めなさすぎても良くない。どこがいいバランスなのか、自分でもまだ分からないですけどね。

後藤社長が振り返りながら、説明している

技術営業という仕事

現在技術営業職を募集していらっしゃるとのことですが、お仕事として海外とのやり取りは多いんですか?

部署にもよりますが、営業や開発部門は、ほぼ毎日英語のメールをやり取りしています。お客さんも海外が多いし、仕入れ先も海外が多いので。海外出張は、私はあまり多くないんですが、技術営業のメンバーは比較的多いですね。展示会に行ったり、半年に1回、1週間ほど行くようなイメージです。

技術営業は今、何名体制ですか?

技術営業を主務としている社員は、今5名です。海外の製品を輸入して国内で売る「商社的な動き」と、自社で作った製品を海外・国内で売る「メーカー的な動き」の両方があります。売上では今は自社製品が若干多いですが、だんだん比率は拮抗してきていて、どこかで逆転するんじゃないかと思っています。

どんな営業スタイルなんでしょう?

私たちの場合は専門家に売る仕事です。企業の中にいるエンジニアや、大学の研究室の研究者が顧客です。決まった製品をただ売るのではなく、まずヒアリングをして「どういうものを提案したらいいか」を考えるところから始まる案件が多い。

そうすると、自分の知識だけでは追いつかないところが必ず出てきます。幸い、社内にはいろんな専門家がいる。そういう人に話を聞きながら「こういう感じかな」と仮説を立てて、顧客と何回かやり取りしながら進めていく。たとえば、製造業でのB-to-B営業の経験があり、いろんな人の助けを借りながら顧客対応を進められる人は、幅広い顧客に対応できると思います。

どんな人に来てほしいですか?

これは技術営業に限りませんが、一番漠然としたところで言うと、金銭的なものと人間らしく生きることのバランス感覚が当社に近い人は、業務満足度が高くなりやすいと感じます。入社時はスキルマッチングに目がいきがちですが、入社から時間がたつにつれて、それ以外も重要視し始めるのだと思っています。

ただ、それは求人票や履歴書ではなかなか分からない。だから実際に来て面談をして、雰囲気を感じ取ってもらうのがいいと思います。当社に応募いただき、お会いすることになったら、初回は面接というよりも、おもに当社がどのような会社なのかを知ってもらう場としています。対応する社員の人となりもわかりやすい場だと思います。それで「こういう感じの会社か、もうちょっと知りたい」と思ったらもう1回会って深掘りしてみるのもいい。そうやってだんだん、我々もその人を知るし、応募者の方にも我々を知ってもらう。書類だけじゃなく、実際に会えば、長く働く職場としてどうなのかという判断もしやすくなるかなと。

もう一つは「いい意味で貸し借りのできる関係」を築ける人ですね。自分が困ったときだけ助けを借りて、解決したらあとは知らないよでは、周りの人は離れていきます。そうではなく、あの人が困ったときには助けてあげる、自分が困ったときには助けてもらう。「借りができて負い目に感じる」という後ろ向きの貸し借りじゃなくて、前向きに協力し合う。その感覚が理解できる人は、当社に合うと思います。

仕事を任せたくなるのは、どんな人ですか?

任せる、裁量を持ってもらうということで、いずれはリーダー的な立場を目指そうという若手中堅社員をイメージしつつの話になります。得意な業務分野があることももちろん大事ですが、トラブル局面でも粘り強く業務を進めようとする人ですね。仕事をしていると、良い局面ばかりではありません。そういったときに「ここから先は私の得意分野、責任範囲じゃないのでできません」となってしまうと、誰かがその先のフォローをしなきゃいけないわけです。そうすると、次の仕事はそのフォローをした人に任せてみようとなります。

トラブルを自分だけで解決しようとすると視野が狭くなるので、他の人に相談したり助けを借りたり、組織の力は最大限に活用したほうがいい。そのうえで、勇気をもってトラブル解決の矢面に立つことには挑戦してほしいです。そういう人は、なんとかトラブル局面を切り抜けると、自信が内側からにじみ出てくるようになると感じます。そういう人に、より裁量を持って仕事をしてもらいたいと思っています。

新社屋、建設中です

来年、新しい拠点ができるそうですね。

はい。現社屋と同じ東武東上線沿いで、もうすこし池袋寄り、みずほ台に新社屋を建設中です。来年4月に完成予定です。今のオフィスは、正直もうギチギチなので。

新社屋は最大30人ほど入れる規模で、最初は15人程度でスタートする予定です。現在川越にいる技術営業部門と、製造部門の一部が一緒になります。技術営業と製造で日常的に何気ない会話ができる点で、この二部門が同じ場所にいる意味は大きいと思っています。

私たちは20人ほどの小さな会社ですが、KDDの社内ベンチャーから始まって、いろいろな会社から移ってきた人たちの集まりです。「この会社しか知らない」のではなく「よその会社ではこうだった」という知見を、企業の運営に活かしています。

私も、会社の代表として絶対君主のように振る舞っているわけではなくて、社員の代表の一人として、顧客の要望に応えて適正な収益を上げること、そして社員が楽しく働けて、給与ももらえて、生活も明るく暮らせる——そのバランスを常に考えています。

面接に来た方は、入社に至らなかった場合でも「悪い人たちじゃなかったな」という印象を持って帰られることが多いようです。どういう会社なのか、あまりビビらずに、まずは連絡をください。我々もお会いすることで得るものがあると思っていますので、まずは見に来てもらえたらうれしいです。

オフィス兼工場にてにこやかに立つ後藤社長

お問い合わせはこちら